2015年2月28日土曜日

17年 阪神vs名古屋 7回戦


6月17日 (火) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 0 0 0 2 0 0 1 0 4 阪神    21勝17敗1分 0.553 木下勇
0 0 0 0 0 0 0 2 0 2 名古屋 11勝27敗1分 0.289 森井茂 西沢道夫

勝利投手 木下勇 6勝4敗
敗戦投手 森井茂 1勝7敗

三塁打 (神)上田 (名)飯塚

勝利打点 なし


木下勇、無四球完投

 阪神は初回、金田正泰、野口昇が連続四球で無死一二塁、続く松本貞一の二ゴロは「×4」と「4-3」でダブルプレーが記録されている。これは一走野口が故意に併殺を妨害したとして野球規則 7.09f 「併殺を妨害するために走者が打球を故意に妨げる」守備妨害が適用されて、走者と共に打者走者にもアウトが宣告されたものと考えられます。通常、一二塁間で走者に打球が当たるとセカンドに刺殺が記録されて打者は内野安打となりますが、本件は「ダブルプレー」が記録されていますので、野球規則 7.09f が適用されたようです。守備妨害の場合、原則としてボールでッドとなり走者は進塁できませんが、このケースでは二走金田は三塁に進んでいます。自然の流れでダブルプレーが完成していても二走金田は三塁に進むことになりますので、当然の措置でしょう。ということで二死三塁、土井垣武の三ゴロをサード芳賀直一が一塁に悪送球する間に三走金田が還って1点を先制、打者走者の土井垣も二塁に進み、藤井勇の右前打で二死一三塁、藤井が二盗を決めて二死二三塁、しかしカイザー田中義雄は遊ゴロに倒れてこの回1点止まり。しかしこれが決勝点となった。

 阪神は5回、先頭の塚本博睦がセンター右にヒット、トップに返り金田のバントが内野安打となって無死一二塁、ピッチャー森井茂からの二塁牽制が悪送球となって二者進塁、野口は浅い左飛に倒れて一死三塁、松本が左前にタイムリーを放って2-0、一死一三塁から土井垣の遊ゴロ併殺崩れの間に三走金田が還って3-0、藤井が二塁に内野安打、更にダブルスチールを決めて二死二三塁とするが、田中は三振に倒れて追加点はならず。

 阪神は8回、二死後上田正が左中間に三塁打、木下勇が中前にタイムリーを放って4-0と突き放す。

 7回まで阪神先発の木下に1安打無得点に抑えられてきた名古屋は8回裏、先頭の古川清蔵が左前打で出塁、飯塚誠が右中間に三塁井打を放って1-4、田中金太郎は三振に倒れるが、森井に代わる代打西沢道夫が左前にタイムリーを放って2-4と追い上げる。

 しかし木下は9回の名古屋の反撃を三者凡退に抑え、4安打無四球4三振の完投で6勝目をあげる。森井茂との技巧派対決は、木下勇が無四球ピッチングで制した。

 阪神の決勝点は、守備妨害によるダブルプレーの間に三塁に進塁した金田正泰が芳賀直一のエラーでホームインしたものであった。このパターンによる決勝点は、筆者の記憶の範囲ではプロ野球史上初のケースである可能性が高い。もしかしたら史上唯一の記録かもしれません。守備妨害は原則としてボールでッドとなり走者の進塁は認められませんので、無死一二塁からの併殺を妨害する守備妨害以外で走者が進塁するケースは考えにくいからです。「守備妨害」のスコアカードの書き方は山内以九士が用いている「×4」の他に、「IP」と記す「イリーガル・プレー」や「IF」と記すインターフェアランス(一般的には「インターフェア」略されます)があります。





*阪神1回の攻撃、無死一二塁から松本貞一の二ゴロで一走野口昇は「×4」守備妨害によりアウト、打者走者の松本もアウトで「併殺」が記録されています。これは野口昇がセカンド石丸藤吉の併殺プレーを故意に妨害したと判定され、野球規則 7.09f 「併殺を妨害するために走者が打球を故意に妨げる」が適用されたものと考えられます。この際、二走金田正泰は三塁に進塁しており、土井垣武の三ゴロをサード芳賀直一が一塁に悪送球する間に金田が生還して、これが決勝点となりました。









 

2015年2月27日金曜日

17年 阪急vs朝日 7回戦


6月17日 (火) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 3 0 1 0 0 0 1 0 5 阪急 20勝17敗2分 0.541 橋本正吾 笠松実 森弘太郎
0 2 0 0 0 0 0 0 0 2 朝日 17勝20敗2分 0.459 斉藤忠二 林安夫

勝利投手 森弘太郎 9勝6敗
敗戦投手 斉藤忠二 1勝2敗

二塁打 (朝)伊勢川

勝利打点 なし

ファインプレー賞 (朝)早川平一 1


森田定雄、タイムリー2本

 阪急は2回、先頭の日比野武の遊ゴロをショート五味芳夫が一塁に悪送球、松本利一の二ゴロをセカンド鬼頭政一がランナーにタッチに行くが空タッチとなって一走日比野は二塁にセーフ、このプレーで鬼頭にエラーが記録された。中村栄の投前バントをピッチャー斉藤忠二が三塁に悪送球する間に二走日比野が還って1点を先制、無死一三塁から橋本正吾の投ゴロに三走松本が飛び出し「1-5-2」と送られてタッチアウト、二死後上田がストレートの四球を選んで満塁、黒田健吾がストレートの押出し四球を選んで2-0、この日四番に入った森田定雄が中前にタイムリーを放って3-0とする。

 朝日は2回裏、先頭の伊勢川真澄が左中間に二塁打、内藤幸三の初球がボールとなったところで阪急ベンチは先発の橋本から笠松実にスイッチ、内藤の遊ゴロの間に伊勢川は三進、岩田次男の中犠飛で1-3、二死無走者となったがここから笠松は全くストライクが入らなくなり斉藤がストレートの四球、室脇正信もストレートの四球、トップに返り坪内道則はワンツーからデッドボール、五味がストレートの押出し四球を選んで2-3、鬼頭のカウントがワンボールとなったところで阪急ベンチはようやく笠松を下げて森弘太郎をマウンドに送り、鬼頭は三ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。

 朝日は4回から先発の斉藤に代わって林安夫がマウンドに上がる。

 阪急は4回、先頭の上田の三ゴロをサード岩田が一塁に悪送球して上田は二塁へ、黒田は左飛に倒れるが、森田がレフト線にタイムリーを放って4-2と突き放す。

 阪急は8回、先頭の山下好一が中前打で出塁、中村の送りバントが内野安打となって無死一二塁、ピッチャー林の二塁牽制に二走山下好一はタッチアウト、森の二ゴロをセカンド鬼頭が失して一死一三塁、トップに返りフランク山田伝が四球を選んで一死満塁、上田の三ゴロの間に三走中村が還って5-2とダメ押す。

 2回途中からリリーフのマウンドに上がった森弘太郎は7回3分の1を投げて2安打無四球2三振無失点で9勝目をあげる。


 5月17日以来1か月ぶりに四番に入った森田定雄が5打数2安打2打点と2本のタイムリーを放つ活躍を見せた。「最も無名の最強打者」が本領を発揮している。







*2回の松本利一の二ゴロはセカンド鬼頭政一が一走日比野武に空タッチ。「雑記」欄には「二塁手タッチしそこなう」と書かれている。右隣の「好捕」は5回にライトの早川平一が見せたファインプレー。










 

2015年2月26日木曜日

17年 阪神vs阪急 6回戦


6月16日 (月) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 1 0 0 0 1 0 2 0 4 阪神 20勝17敗1分 0.541 三輪八郎 若林忠志
0 0 2 0 0 0 0 0 0 2 阪急 19勝17敗2分 0.528 笠松実 森弘太郎

若林忠志 9勝5敗
笠松実     7勝6敗

二塁打 (急)中島、日比野
三塁打 (神)藤井

勝利打点 御園生崇男 3


御園生崇男と藤井勇の両帰還兵が並列の殊勲者

 阪神は2回、二死後藤井勇が左中間に流し打って三塁打、カイザー田中義雄の三塁内野安打で1点を先制する。

 阪急は3回、先頭のフランク山田伝が死球を受けて出塁、黒田健吾が左前打を放って無死一二塁、阪神ベンチはここで先発の三輪八郎から若林忠志にスイッチ、森田定雄の打席で阪神はファーストの藤井とサードの土井垣武が猛然と突っ込むバントシフト、ところがピッチャー若林はウエストし、セカンドの松本貞一が一塁ベースカバーに入りキャッチャー田中が一塁に送球、内野手の動きに釣られてリードを広げていた一走黒田がタッチアウト。説明が長くなりましたがいわゆる「ピックオフプレー」というやつです。スコアカードには無死一二塁の場面で一走黒田が「2-4」でアウトと記されていますのでこう読みましたがいかがでしょうか。ということで一死二塁、森田が四球を選んで一死一二塁、中島喬は右飛に倒れて二死一二塁、日比野武が左中間を破る二塁打を放って二者還り2-1と逆転に成功する。

 阪神は6回、先頭の野口が四球で出塁、松本の遊ゴロでランナーが入れ替わり、土井垣の右前打で一死一二塁、御園生崇男が四球を選んで一死満塁、藤井の左犠飛で2-2の同点に追い付く。
 阪神は8回、一死後松本が四球で出塁、土井垣の一塁内野安打で一死一二塁、御園生の右前タイムリーで3-2と1点を勝越し、藤井がセンター右にタイムリーを放って4-2とする。


 若林忠志は3回に1失点を記録したが4回以降阪急打線を無得点に抑えて今季9勝目をあげる。


 勝利打点を記録したのは決勝タイムリーを放った御園生崇男であったが、追撃のタイムリーを放った藤井勇が並列の殊勲者であった。藤井勇はこの日4打数2安打1得点2打点、三塁打1本を記録、6月13日に戦場から帰還後初出場して以来、11打数5安打1得点3打点1四球2盗塁。現代ルールに照らせば「犠飛」が1本ありますので10打数5安打で打率5割になります。





 

2015年2月24日火曜日

17年 朝日vs名古屋 6回戦


6月16日 (月) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 朝日     17勝19敗2分 0.472 福士勇 林安夫
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 名古屋 11勝26敗1分 0,297 松尾幸造 西沢道夫

勝利投手 福士勇     5勝3敗
敗戦投手 松尾幸造 3勝4敗
セーブ     林安夫    1

二塁打 (朝)早川 (名)石丸藤吉
三塁打 (朝)鬼頭

勝利打点 広田修三 4


手の内

 朝日は初回、先頭の坪内道則が四球で出塁すると二盗に成功、五味芳夫の投ゴロに坪内が飛び出し三本間に挟まれてタッチアウト、十分に時間を稼いだので打者走者の五味は二塁に進む。鬼頭政一が四球を選んで一死一二塁、広田修三の三ゴロの間に二走五味が快足を飛ばしてホームイン、1点を先制する。広田には打点が記録され、これが決勝点となったため広田は2試合連続で勝利打点を記録した。

 朝日先発の福士勇は毎回走者を出しながら粘りのピッチングを見せた。初回は一死一二塁、2回は一死一塁、3回は二死一二塁を切り抜ける。4回、先頭の山下実にストレートの四球を与え、岩本章の右前打で無死一二塁、松尾幸造の一塁線バントが内野安打となって無死満塁と絶体絶命の大ピンチ、ここでキャッチャー伊勢川真澄が二塁牽制で二走岩本を刺して福士を救った。芳賀直一は四球で一死満塁、トップに返り木村進一の一飛に三走山下実が飛び出しておりファースト広田からサード岩田次男に送球されてダブルプレー。ここはファースト広田のファインプレーであったのか、山下実がアウトカウントを間違えていたのか、永遠の謎である。

 5回も先頭の石丸藤吉を歩かせるが桝嘉一を三ゴロ併殺に打ち取る。6回は先頭の古川清蔵に左前打を許すが山下実を三振、岩本を一飛、強打の松尾も三振に打ち取る力投を見せる。7回、先頭の芳賀が三塁に内野安打、トップに返り木村に送りバントを決められ一死二塁、と思いきや一走芳賀が二塁ベースをオーバーラン、ファースト広田が二塁ベースカバーに入ったショート五味に送球して又もダブルプレー。石丸藤吉に鋭いライト線二塁打を打たれたところで竹内愛一監督は福士を下げて林安夫を投入、林が桝を右飛に打ち取りスリーアウトチェンジ。

 林安夫は8回、9回を無失点で切り抜けプロ入り初のセーブを記録する。

 福士勇は6回3分の2を投げて8安打5四球4三振であったが無失点で切り抜けた。


 五味芳夫が内野ゴロで二塁からホームに還り決勝点をあげた。伊勢川真澄は二塁牽制で福士を救った。ファースト広田修三は「3-5」、「3-6」で2つのゲッツーを記録した。


 それにしても竹内愛一監督は完全に朝日投手陣を手の内に入れたようだ。林安夫、福士勇、内藤幸三、山本秀雄、斉藤忠二の朝日投手陣は、竹内監督の手の平を舞う孫悟空のようである。




 

2015年2月23日月曜日

17年 朝日vs阪神 6回戦


6月15日 (日) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
4 0 0 0 0 0 0 0 3 7 朝日 16勝19敗2分 0.457 福士勇 斉藤忠二 林安夫
2 0 0 0 0 0 0 0 0 2 阪神 19勝17敗1分 0.528 木下勇 藤村隆男

勝利投手 林安夫 9勝8敗
敗戦投手 木下勇 5勝4敗

二塁打 (朝)伊勢川 (神)松本
三塁打 (朝)林

勝利打点 広田修三 3


竹内マジック

 朝日は初回、先頭の坪内道則がストレートの四球、五味芳夫は二遊間に内野安打、鬼頭政一の中前打で無死満塁、広田修三の中犠飛で1点を先制、五味と鬼頭もタッチアップから進塁して一死二三塁、岩田次男が投前にスクイズを決めて2-0、更にピッチャー木下勇が一塁に大暴投する間に二走鬼頭も還って3-0、打者走者の岩田も三塁に進んで一死三塁、阪神ベンチは早くも先発の木下から藤村隆男にスイッチ、伊勢川真澄は三ゴロに倒れて二死三塁、内藤幸三の三ゴロをサード土井垣武が一塁に悪送球して岩田が還りこの回4点を先制する。

 阪神は1回裏、先頭の金田正泰が四球で出塁、野口昇は右飛に倒れるが松本貞一が右翼線に二塁打を放って一死二三塁、土井垣武が左前にタイムリーを放って1-4、土井垣の二盗後、カイザー田中義雄が右犠飛を打ち上げて2-4と追い上げる。

 朝日竹内愛一監督は2回から先発の福士勇に代えて斉藤忠二をマウンドに送る。

 阪神は2回、先頭の玉置玉一が二塁に内野安打、藤村が四球を選んで無死一二塁、上田正の投前送りバントをピッチャー斉藤が三塁に送球して二走玉置は三封、トップに返り金田が四球を選んで一死満塁、朝日ベンチはここで斉藤から三番手の林安夫にスイッチ、野口は捕邪飛、松本は三ゴロに倒れて奇才竹内監督の継投策がズバリ的中。

 初回は点の取り合いとなったが2回からは両軍無得点が続く。

 朝日は9回、岩田に代わる代打早川平一が右前打を放ち代走に山本秀雄を起用、伊勢川が右前打を放って無死一二塁、内藤の一ゴロをファースト藤井勇が三塁に送球して二走山本は三封、一死一二塁となって林が左中間を破る三塁打を放ち6-2、室脇正信に代わる代打浅原直人の左犠飛で7-2として試合を決める。ここも奇才竹内監督の代打策がズバリ的中した。


 2回途中からリリーフのマウンドに上がった林安夫は7回3分の2を投げて2安打無四球2三振無失点で9勝目をあげる。開幕から負越しが続いていた林もようやく勝ち星が1つ先行、力を発揮してきた。




 

2015年2月21日土曜日

17年 名古屋vs阪急 6回戦


6月15日 (日) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 2 0 0 0 0 0 0 2 名古屋 11勝25敗1分 0.306 石丸進一 西沢道夫
0 0 4 0 0 0 0 1 X 5 阪急    19勝16敗2分 0.543 天保義夫 森弘太郎

勝利投手 森弘太郎 8勝6敗
敗戦投手 石丸進一 5勝7敗

二塁打 (急)森田2

勝利打点 森田定雄 2

猛打賞 (急)森田定雄 2、中村栄 1


最も無名の最強打者

 名古屋は2回、二死後芳賀直一が中前打を放って出塁、ピッチャー天保義夫の一塁牽制が悪送球となる間に芳賀は一気に三塁に進み、トップに返り木村進一の左前タイムリーで1点を先制、木村が二盗を決めて石丸藤吉は四球、桝嘉一がレフト線にタイムリーを放ってこの回2点を先制する。阪急ベンチは続く吉田猪佐喜の初球がボールとなったところで先発の天保から森弘太郎にスイッチ、吉田は投ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。

 阪急は3回裏、先頭のフランク山田伝の左飛をレフト吉田が落球、上田藤夫がレフト線にヒット、黒田健吾が右前打を放って無死満塁、山下好一が押出し四球を選んで1-2、名古屋ベンチはここで先発の石丸進一をあきらめて西沢道夫を投入、しかし森田定雄が西沢の代わりばなをとらえて左中間に二塁打を放ち二者生還して3-2と逆転、中島喬の三ゴロで三走山下好一がホームを突くがサード芳賀直一からのバックホームにタッチアウト、日比野武は浅い左飛に倒れて二死三塁、中村栄の二遊間内野安打で4-2とする。

 阪急は8回、先頭の日比野が四球で出塁、中村が左前打を放って無死一二塁、森の送りバントは三飛となって失敗、トップに返り山田の中飛をセンター名手桝が落球する間に日比野が還って5-2とする。

 3回途中からリリーフした森弘太郎は6回3分の1を投げて2安打無四球2三振無失点の好投で8勝目をあげる。


 殊勲の逆転二塁打を放った森田定雄は「最も無名の最強打者」として当ブログではお馴染。森田は今季を最後に兵役に就くこととなる。岐阜商業の内野陣は松井栄造-加藤三郎のバッテリーを含めてファーストの森田定雄以外5人が戦死するが森田は生き残り、戦後も阪急でプロに復帰することとなる。





 

2015年2月20日金曜日

17年 南海vs大洋 6回戦


6月15日 (日) 札幌

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 0 1 0 0 0 0 0 1 3 南海 25勝13敗 0.658 神田武夫
0 0 1 0 0 0 0 0 0 1 大洋 22勝13敗3分 0.629 三富恒雄 野口二郎

勝利投手 神田武夫 14勝5敗
敗戦投手 三富恒雄   7勝5敗

二塁打 (南)国久、八木

勝利打点 岡村俊昭 6(3試合連続)


岡村俊昭、3試合連続勝利打点

 南海は満を持して神田武夫が夏季初登板、大洋は野口二郎ではなく三富恒雄で応戦する。

 南海は初回、先頭の国久松一が右前打で出塁、猪子利男が中前打で続いて無死一二塁、北原昇が投前に送りバントを決めて一死二三塁、岩本義行は歩かされて一死満塁、岡村俊昭の左犠飛で1点を先制する。

 南海は3回、先頭の国久がセンター左奥に二塁打、猪子が死球を受けて1回に続いて無死一二塁、北原が又も投前に送りバントを決めて一死二三塁、岩本は又も歩かされて一死満塁、岡村が又も中犠飛を打ち上げて2-0、初回と全く同じ得点経過であった。

 大洋は3回裏、二死後織辺由三が左前打、この打球をレフト国久が後逸、織辺は二塁に走り国久がセカンドに送球、これが大暴投となる間に織辺が一気にホームを陥れて1-2とする。本日の殊勲者国久のダブルエラーが記録された。

 大洋は1点ビハインドの5回から先発の三富に代えて野口二郎をマウンドに送り込む。

 南海は9回、先頭の中野正雄がレフト線にヒット、神田は中飛に倒れるが中野が二盗に成功、八木は三振に倒れるが、柳鶴震が左前にタイムリーを放って貴重な追加得点をあげる。

 ここまで2安打の大洋は9回裏、先頭の中村信一が左前打、織辺は左飛に倒れるが濃人渉が中前打、野口明も中前打で続いて一死満塁、長打が出れば逆転サヨナラという場面を迎えたが、村松長太郎は浅い左飛、浅岡三郎は捕邪飛に倒れてゲームセット。


 神田武夫は5安打1四球無三振1失点、自責点ゼロの完投で14勝目をあげる。4回~8回は5イニング連続三者凡退、2回も三者凡退に抑えているので一試合6個の三者凡退を記録した。9回は3本のヒットを打たれたが9回の追加点が大きく、逃げ切ることができた。


 2打席連続犠牲フライを打ち上げた岡村俊昭が北海道シリーズで3試合連続勝利打点を記録した。正確には調べていませんが、プロ野球新記録の可能性が高い。何れきちんと調べます。「北海道で3試合連続勝利打点」が空前絶後の大記録であることは間違いない。




 

17年 黒鷲vs巨人 6回戦


6月15日 (日) 札幌

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 3 0 0 0 0 0 0 3 黒鷲   7勝29敗2分 0.194 松本操 石原繁三
1 0 3 0 0 0 0 0 X 4 巨人 25勝12敗1分 0.676 中尾輝三 須田博

勝利投手 須田博 4勝2敗
敗戦投手 松本操 0勝7敗

三塁打 (黒)富松 (巨)水原

勝利打点 呉波 3


故郷に錦を飾る

 巨人は初回、一死後水原茂が左中間を破る三塁打、川上哲治が右前にタイムリーを放って1点を先制する。

 1回、2回と併殺でチャンスを潰した黒鷲は3回、一死後山田潔が四球を選んで出塁、トップに返り渡辺絢吾が中前打、木村孝平がストレートの四球を選んで一死満塁、富松信彦が右中間に走者一掃の三塁打を放って3-1と逆転する。

 巨人は3回、二死後中島治康が遊ゴロ、スリーアウトチェンジか、と思われたところショート木村がエラー、楠安夫が中前打を放って二死一二塁、小暮力三の右飛を3回表に殊勲の三塁打を放ったライト富松が後逸、二者還って打者走者の小暮も三塁に進み、呉波の一二塁間内野安打で小暮が還って4-3と逆転する。

 巨人は4回から先発の中尾輝三に代えて須田博をマウンドに送る。


 函館で行われた13日の南海戦で敗戦投手となった須田は6イニングを3安打2四球2三振に抑えて今季4勝目をあげる。旭川中学出身の須田博としては故郷に錦を飾ったこととなる。スタルヒンの実際の故郷はソ連(現・ロシア)なので北海道は近いとは言え厳密には「故郷に錦を飾った」こととはならない。但し白系ロシア人として流転の末旭川にたどり着いて野球に出会ったスタルヒンにとって、北海道は実質的な「故郷」と言えるので、当ブログは「故郷に錦を飾った」と認定させていただきます。








*昭和10年第1回アメリカ遠征時のスタルヒンのサイン。戦前のスタルヒンのサインは珍しいですね。














2015年2月19日木曜日

17年 大洋vs巨人 6回戦


6月14日 (土) 札幌

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15  計
0 0 0 0 1 0 0 0 0  0   0   0   1   0   0   2 大洋 22勝12敗3分 0.647 三富恒雄 野口二郎
0 0 0 0 0 0 1 0 0  0   0   0   1   0   0   2 巨人 24勝12敗1分 0.667 中尾輝三 広瀬習一

二塁打 (大)村松、山川 (巨)呉

勝利打点 なし

猛打賞 (巨)呉波 1


延長15回引分け

 シーズン通算成績首位の巨人を1ゲーム差で追う大洋は先発に巨人キラーの三富恒雄を起用、巨人は中尾輝三で応戦する。 

 大洋は4回まで無安打。5回、先頭の村松長太郎が左中間に二塁打、浅岡三郎の中前打で無死一三塁、山川喜作の中犠飛で1点を先制する。

 巨人は6回から先発の中尾輝三に代えて広瀬習一をマウンドに送る。

 巨人は7回、先頭の坂本茂がストレートの四球で出塁、広瀬が送って一死二塁、トップに返り白石敏男の中前タイムリーで1-1の同点に追い付く。大洋ベンチはここで先発の三富恒雄から野口二郎にスイッチ、水原茂は右飛、川上哲治も三振に倒れる。

 延長に入って大洋は13回表、先頭の山川がセンター左奥に二塁打、佐藤武夫は三振に倒れるが、野口二郎の二ゴロの間に山川が三進、トップに返り中村信一が中前にタイムリーを放って2-1と勝ち越す。

 巨人は13回裏、先頭の中島治康が右前打で出塁、楠安夫が慎重に送りバントを決めて一死二塁、伊藤健太郎の遊ゴロの間に中島は三進、呉波が中前に殊勲の同点タイムリーを放って2-2とする。

 両軍とも14回、15回は三者凡退、時間切れ引分けとなった。


 大洋が三富恒雄と野口二郎、巨人は中尾輝三と広瀬習一を注ぎ込む総力戦、大洋は5残塁だったが巨人は11残塁を記録、終始巨人が押し気味に試合を進めたがあと1本が出なかった。
 今季首位打者となる呉波が猛打賞を記録して徐々に本領を発揮してきたが、それでも打順は七番である。呉波はこの時期までは一番打者に定着をしている訳ではなく、大半の試合を下位で過ごしている。





 

2015年2月15日日曜日

17年 黒鷲vs南海 6回戦


6月14日 (土) 札幌

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 黒鷲    7勝28敗2分 0.200 金子裕 松本操 畑福俊英
2 0 1 0 0 0 0 0 X 3 南海 24勝13敗 0.649 石田光彦
 
勝利投手 石田光彦 4勝3敗
敗戦投手 金子裕     2勝5敗

二塁打 (黒)鈴木 (南)岡村、岩本

勝利打点 岡村俊昭 5


岡村俊昭、2試合連続決勝打

 南海は初回、先頭の国久松一が中前打、猪子利男が四球を選んで無死一二塁、北原昇と岩本義行は連続左飛に倒れて二死一二塁、ここで岡村俊昭が右中間に二塁打を放って二者還り2点を先制する。

 黒鷲は2回、一死後鈴木秀雄が右中間を破り二塁ベースを蹴って三塁に向かう。ライト岡村からの送球をセカンド北原がカットして三塁に送球、タイミングはアウトであったがサード柳鶴震が落球、一死三塁から杉山東洋夫の一ゴロの間に三走鈴木が還って1-2とする。

 南海は3回、先頭の国久が四球を選んで出塁すると二盗に成功、猪子は三ゴロに倒れて一死二塁、北原の当りはサードライナー、二走国久が飛び出したのを見てサード木下政文が二塁に送球するがこれが悪送球となって国久は三進、岩本が中前にタイムリーを放って3-1と突き放す。

 南海の先発は本日も神田ではなく石田光彦であった。黒鷲戦なのでここは当然の起用で、神田は明日の大洋戦に回すのでしょう。石田は名古屋打線を7安打3四球2三振で1失点、自責点ゼロの完投で4勝目をあげる。


 岡村俊昭が2試合連続で決勝打を放ち勝利打点を5個としてトップの室井豊6個に1個差と迫り単独2位に躍り出た。




 

17年 名古屋vs阪神 6回戦


6月13日 (土) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 計
0 0 0 0 1 1 0 0 0  0   2 名古屋 11勝24敗1分 0.314 西沢道夫
0 0 0 2 0 0 0 0 0 1X  3 阪神    19勝16敗1分 0.543 御園生崇男 若林忠志

勝利投手 若林忠志 8勝5敗
敗戦投手 西沢道夫 1勝1敗

二塁打 (名)木村 (神)野口
三塁打 (名)古川 (神)金田、藤井

勝利打点 なし

猛打賞 (名)木村進一 1 (神)土井垣武 1


あっけない幕切れ

 阪神に藤井勇が帰ってきた。昭和13年秋に応召して以来4年ぶりの戦列復帰となる。

 名古屋は初回、先頭の木村進一が中前打で出塁、石丸藤吉も右前打で続いて無死一二塁、阪神ベンチはここでライトの藤井とレフトの上田正を入れ替えて一息入れる。桝嘉一の2球目にキャッチャーカイザー田中義雄が二塁牽制で木村を刺し、桝は三振、石丸藤吉の二盗も田中が刺してあっという間にスリーアウトチェンジ。若林監督の選手交代策がピンチを救った。

 名古屋は3回まで5安打を放ちながら無得点。序盤に流れを作れなかったことが敗因となった。

 阪神は4回、先頭の土井垣武がレフト線にヒット、田中の右前打で無死一三塁、藤井が中前に復帰後初ヒットとなるタイムリーを放って1点を先制する。無死一二塁からピッチャー西沢道夫が二塁に悪送球して二者進塁、御園生崇男が四球を選んで無死満塁、大島武に代わる代打玉置玉一が中犠飛を打ち上げて2-0、二走藤井もタッチアップから三塁に進み、これを見て一走御園生もタッチアップから二塁に進んで一死二三塁、上田がスクイズを敢行するが見破られて三走藤井が三本間に挟まれ「2-5-1」と渡ってタッチアウト、上田は中飛に倒れてスリーアウトチェンジ。

 阪神は5回の守備からレフトの藤井をファーストに回し、代打に出た玉置をライトに入れて上田をレフトに戻す。

 名古屋は5回、先頭の古川清蔵がセンター左奥に三塁打、野口正明は浅い中飛に倒れるが西沢の遊ゴロの間に古川が還って1点を返す。

 名古屋は6回、木村、石丸藤吉が連続四球、桝の二ゴロで石丸藤吉が二封されて一死一三塁、吉田猪佐喜の投ゴロの間三走木村が還って2-2の同点に追い付く。

 阪神は7回、先発の御園生崇男が先頭の西沢に左前打を打たれると若林をマウンドに送り後続を抑える。

 阪神は7回裏、先頭の金田正泰がライト線に三塁打を放つが無得点。8回も一死後藤井が右越えに三塁打を放つがここも無得点。

 阪神は10回裏、先頭の松本貞一が右前打で出塁、土井垣がレフト線にヒット、田中の投前送りバントを西沢がお手玉、犠打エラーが記録されて無死満塁の大チャンス、8回に三塁打を放った藤井には代走塚本博睦が起用されてそのままライトに入っていたが塚本は三振に倒れて一死満塁、御園生の一ゴロはファースト田中金太郎からキャッチャー古川に送られて三走松本は本封、返す刀で一塁に送球してゲッツー、と思われた矢先、古川からの送球が打者走者御園生に当たって二走土井垣がサヨナラのホームに駆け込む。


 西沢道夫は5月24日の延長28回に続いて2試合連続で延長戦を完投したが本日は9回3分の2を投げて13安打4四球、最後は不運に泣いたが延長28回のようなピッチングはできなかった。




 

2015年2月14日土曜日

17年 朝日vs阪急 6回戦


6月13日 (土) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
1 0 0 0 0 0 0 0 1 2 朝日 15勝19敗2分 0.441 林安夫
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 阪急 18勝16敗2分 0.529 森弘太郎

勝利投手 林安夫     8勝8敗
敗戦投手 森弘太郎 7勝6敗

勝利打点 なし

ファインプレー賞 (急)山下好一 1


林安夫、5度目の完封

 関西での夏季シーズンは甲子園球場で午後0時58分、川久保喜一主審の右手が上がりプレイボール。

 朝日は初回、先頭の坪内道則が二遊間に内野安打、五味芳夫の三塁線バントが内野安打となって無死一二塁、鬼頭政一の一塁線バントも内野安打となって無死満塁、ここでピッチャー森弘太郎が二塁に痛恨の牽制悪送球、三走坪内が還って1点を先制する。なお無死一三塁のチャンスが続くが広田修三は三振、岩田次男の右飛で三走五味がタッチアップからホームを狙うがライト中島喬からの好返球にタッチアウト、追加点はならず。

 阪急は1回裏、先頭のフランク山田伝が三塁線にセーフティバント、サード岩田の一塁送球が悪送球となって打者走者の山田は二塁に進む。記録はワンヒットワンエラー。上田藤夫の遊ゴロの間に山田は三塁に進み一死三塁と同点のチャンス、しかしここはピッチャー林安夫が踏ん張り黒田健吾は投ゴロ、山下好一は二ゴロに倒れる。

 朝日先発の林安夫は2回から快調なピッチングで三者凡退の山を築き、7回までの6イニングをパーフェクトピッチング。

 阪急は8回、一死後中島に代わる代打西村正夫が中前打で出塁、しかし日比野武の三ゴロは「5-4-3」と渡ってダブルプレー。

 朝日は9回、一死後鬼頭がストレートの四球で出塁、広田の三ゴロの間に鬼頭は二進、岩田の遊ゴロをショート中村栄が一塁に悪送球する間に二走鬼頭が三塁を回ってホームイン、スミ一を守り抜いてきた林に貴重な援護点が入る。

 林安夫は9回の阪急の攻撃も1四球無失点に抑え、2安打1四球2三振で今季5度目の完封、8勝目をあげる。完封数でトップの神田武夫と野口二郎に並んだが、神田と野口は共に13勝しているが林は8勝中5勝が完封勝利である。

 森弘太郎は9回を完投して7安打2四球1三振2失点、自責点はゼロであるが決勝の1点は自らの牽制悪送球によるものであった。無死満塁で何故二塁に牽制球を投げたのか。内野安打が3本続き、一息入れようとしたのでしょうか。





*林安夫は今季5度目の完封で8勝目をマークする。








 

17年 南海vs巨人 6回戦


6月13日 (土) 函館

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 4 0 0 4 南海 23勝13敗 0.639 川崎徳次
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 巨人 24勝12敗 0.667 須田博

勝利投手 川崎徳次 7勝5敗
敗戦投手 須田博     3勝2敗

二塁打 (南)中野

勝利打点 岡村俊昭 4


川崎徳次、函館で巨人を完封

 函館の第二試合は川崎徳次と須田博の先発で、午後4時10分、横沢三郎主審の右手が上がりプレイボール!

 南海は5回まで無安打。6回、先頭の八木進が三塁にチーム初安打となる内野安打を放つが、柳鶴震は二飛、トップに返り国久松一も二飛、猪子利男は三ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。

 南海は7回、先頭の北原昇がレフト線にヒットを放ち二盗に成功、春季首位打者に輝いた岩本義行は四球を選んで一死一二塁、岡村俊昭が中前にタイムリーを放って1点を先制、中野正雄が左中間に二塁打を放って2-0、川崎は三振に倒れるが、八木が中前に2点タイムリーを放って4-0とする。

 川崎徳次は巨人打線を4安打3四球1死球無失点に抑えて7勝目をあげる。


 何故この試合の先発が神田武夫ではなかったのか。一般に、神田の胸の病は周りは知らなかったとされています。当ブログはこの通説に昔から疑問を抱いていました。そもそも、自分のチームのエースの体調がいいか悪いかは、同じ職場の人間にとって一番の関心事項です。なぜなら、自分の業績が上がらなくてもエースが頑張ってくれれば自分のチームの評価が上がり、自分にもメリットがあるからです。「チーム」を皆さま方の「職場」に置き換えてみてください。同僚の、ましてや自分の部下の体調が分からないはずがないことくらい、組織で働いている方にはご理解いただけるのではないでしょうか。こんなことすら分からない管理職は即刻辞表を提出するべきでしょう。


 したがって、この大事な函館での夏季シーズン開幕を飾る巨人戦に神田を先発させなかったということは、南海首脳陣が神田の体調の変化に気付いていたことの証であると当ブログは考えます。血を吐きながら投げ続ける神田武夫を「悲劇のヒーロー」と仕立て上げた方がが何かと都合がいい事情が分からない訳でもありませんが、当ブログは客観的事実を解明するために当ブログを運営しているものです。「神田の体調を南海球団が気が付いていたからこそ、この試合に川崎を先発させた」というのが当ブログの考えです。




 

2015年2月11日水曜日

17年 黒鷲vs大洋 6回戦


6月13日 (土) 函館

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 黒鷲   7勝27敗2分 0.206 石原繁三
0 0 0 2 0 0 1 0 X 3 大洋 22勝12敗2分 0.647 野口二郎

勝利投手 野口二郎 13勝6敗
敗戦投手 石原繁三   5勝12敗

勝利打点 村松長太郎 3


村松長太郎が決勝打

 昭和17年夏季シーズンは選手、審判、記者、バット、ボール等が青函連絡船で津軽海峡を超え、6月13日に開幕した。試合開始は甲子園球場の第一試合が0時58分、函館の第一試合が2時25分なので関西が先ですが函館の試合からアップさせていただきます。試合開始が遅れたのは「野球界」昭和17年7月15日号によると「入場式40分遅れ」とのことで、何らかのトラブルにより開会式が遅れたことが原因です。

 黒鷲は初回、この日プロ入り初のトップに入った木村孝平の二ゴロをセカンド山川喜作がエラー、苅田久徳が抜けた影響が早くも出た。玉腰忠義の投前送りバントは野口二郎が捌いて木村を二封、三番に入った渡辺絢吾の遊ゴロをショート濃人渉がエラーして一死一二塁、しかし富松信彦は捕邪飛、木下政文は遊ゴロに倒れて無得点、もらったチャンスを生かせなかった。

 大洋は1回裏、先頭の中村信一の遊ゴロをショート木村がエラー、織辺由三が中前打で続いて無死一二塁とこちらも先制のチャンス到来、しかし濃人は左飛、野口二郎が四球を選んで一死満塁とするが野口明の遊ゴロが「6-4-3」と渡ってダブルプレー。

 黒鷲は4回、先頭の富松が中前打で出塁、木下の二ゴロで富松は二封、鈴木秀雄は三振、杉山東洋夫が四球を選んで二死一二塁とするが山田潔は遊ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。

 ピンチの後にはチャンスあり、大洋は4回裏、先頭の野口二郎が右中間にヒット、野口明が中前打で続いて無死一二塁、浅岡三郎の三ゴロの間に野口兄弟が進塁して一死二三塁、このチャンスに村松長太郎が三遊間を破り二者生還、2点を先制する。浅岡の進塁打が効いた。

 大洋は7回、先頭の山川が中前打、トップに返り中村の遊ゴロの間に山川は二進、織辺の三ゴロの間に山川は三進、濃人が四球を選んで二死一二塁、野口二郎の遊ゴロをショート木村がエラーする間に三走山川が還って貴重な追加点をあげる。ここも中村信一と織辺由三の進塁打が効いた。苅田が抜けても、苅田譲りの試合巧者ぶりは相変わらずである。


 野口二郎は2安打1四球4三振で今季5度目の完封、ハーラートップの神田武夫に並ぶ13勝目をマークする。野口は5月24日の名古屋戦で延長28回を完封して以来の登板であるが、記録上は連投となる。昭和14年以降、1シーズン制が導入されたが、実際はシーズンを春季、夏季、秋季に分けてそれぞれ優勝と首位打者を表彰している。但し三シーズン制ではないので記録はシーズン通算となる。すなわち、野口二郎は5月24日と6月13日に連投したのである。実際は、5月23日の朝日戦で1安打完封して24日の名古屋戦で延長28回を投げているが、24日は変則ダブルヘッダーで大洋は第一試合の巨人戦で三富恒雄が完封しており、野口二郎は2日連続登板で延長28回を投げたのだが記録上は連投ではない。


 決勝の2点タイムリーを放った村松長太郎は昭和12年のセンバツ決勝で浪華商業のエースとして中京商業のエース野口二郎と投げ合い、2対0で勝利してセンバツ優勝投手となっている。野口二郎が甲子園で喫した敗戦はこの1試合だけである。





*昭和17年夏季シーズンは快晴の函館で開幕した。「野球界」には函館市設球場と書かれている。










*野口二郎は今季5度目の完封で13勝目をマークした。














 

2015年2月10日火曜日

北海道遠征



 さぁ皆さん、いよいよ昭和17年のペナントレースも6月13日より待ちに待った夏季シーズンを迎えます。当ブログのアップが遅れただけとも言えますが(笑)。


 朝日、阪急、名古屋、阪神の4球団は甲子園球場での開幕となりますが、黒鷲、大洋、南海、巨人の4球団は津軽海峡を超えて北海道遠征を敢行します。当時は北海道には飛行機でも電車でもなく、青函連絡船に乗って行きます。青函トンネルが開通するのは1988年ですから46年後のことです。石川さゆりが「津軽海峡冬景色」を熱唱するのは1977年ですから35年後のことです。因みに「津軽海峡冬景色」は「記録の手帳」でお馴染の千葉功さんの十八番で、一緒にカラオケに行った時も熱唱されていました。


 遠征の途中、盛岡で行われたオープン戦で中島治康が球場開闢以来の大ホームランを放ち、「中堅後ろの山の土手っ腹」にぶち込んだと伝えられています。北海道遠征に同行した大和球士は青函連絡船の二等席に乗り込みました。こう書くと選手は一等席かと思われるかもしれませんが、実際は三等席でした。当時のプロ野球選手の地位を物語っています。




 

2015年2月9日月曜日

17年 5月 月間MVP その2



月間MVP 今月は打撃部門の選考で激論がかわされましたのでアップするのに手間取りました。土日連ちゃんでの休日出勤も影響していますが(笑)。


投手部門

 大洋 野口二郎 3

 今月103イニングを投げて6勝3敗3完封、防御率0.52、WHIP0.61、奪三振率4.89。5月24日の名古屋戦では延長28回を完投した。21日の阪神戦は6安打完封、23日の朝日戦は1安打完封であった。

 その野口をアシストしたのが三富恒雄であった事実は全く知られていない。三富は今月60回3分の2を投げて防御率0.75、WHIP0.98、奪三振率2.85。5月24日の第一試合では巨人を完封している。野口二郎は三富の好調のお陰で、後顧の憂いなく自らのピッチングに専念できたのである。

 広瀬習一は今月5勝1敗3完封、防御率0.75、WHIP0.98、奪三振率4.35と、投球回数以外では野口二郎と遜色ないが、広瀬の数字は下位の朝日、黒鷲相手に稼いだものが大半を占めている。



打撃部門

 南海 岩本義行 1

  今月の打撃部門では木村孝平が61打数20安打、3割2分8厘で首位打者。二位は65打数21安打、3割2分3厘でフランク山田伝、三位は59打数19安打、3割2分3厘で岩本義行、四位は60打数19安打、3割1分7厘で北原昇でした。優勝した巨人から選ぶ手もありますが最も貢献した水原茂でも67打数18安打、2割6分9厘に過ぎません。中島治康に至っては72打数14安打、1割9分4厘です。

 心情的には首位打者の木村孝平を選びたい。しかし当ブログは客観的評価を基本にしています。木村は4得点3打点1四球二塁打1本でOPSは0.683に過ぎません。岩本義行は10得点11打点13四球二塁打6本、本塁打1本でOPSはボールの飛ばない時期に破格の0.919をマークしています。山田伝も8四球二塁打4本、三塁打1本でOPSは0.813、北原昇は12四球二塁打1本、三塁打1本でOPS0.797でした。

 一方、木村孝平は犠打を6個記録しています。四球1個も逆に言えば積極的な打撃が評価できる数字でもあります。但し、客観的評価では岩本義行の優位は動かし難いのも事実です。

 豪気な岩本義行も「孝平にやってくれ」と心意気をみせてくれていますが、やはり当ブログが基本とする客観的評価から岩本義行の受賞とさせていただきます。木村のバッティングは一過性のものではありません。再度チャンスが来ると期待しましょう。木村孝平は昭和18年を最後に応召して戦死することとなりますので残された時間は多くはないのですが。







 

2015年2月8日日曜日

17年 5月 月間MVP その1



月間MVP

 今月は打撃部門の選考で激論がかわされましたのでアップするのに手間取りました。土日連ちゃんでの休日出勤も影響していますが(笑)。


投手部門

 大洋 野口二郎 3

 今月103イニングを投げて6勝3敗3完封、防御率0.52、WHIP0.61、奪三振率4.89。5月24日の名古屋戦では延長28回を完投した。21日の阪神戦は6安打完封、23日の朝日戦は1安打完封であった。

 その野口をアシストしたのが三富恒雄であった事実は全く知られていない。三富は今月60回3分の2を投げて防御率0.75、WHIP0.98、奪三振率2.85。5月24日の第一試合では巨人を完封している。野口二郎は三富の好調のお陰で、後顧の憂いなく自らのピッチングに専念できたのである。

 広瀬習一は今月5勝1敗3完封、防御率0.75、WHIP0.98、奪三振率4.35と、投球回数以外では野口二郎と遜色ないが、広瀬の数字は下位の朝日、黒鷲相手に稼いだものが大半を占めている。



打撃部門

明日に続く。











 

2015年2月4日水曜日

17年 第8節 週間MVP



 今節は大洋が3勝0敗1分で南海を逆転して春季二位に浮上、復調した阪神が3勝1敗、巨人が3勝1敗で春季優勝を決め、阪急が2勝2敗1分、南海が2勝2敗で春季三位に転落、名古屋が1勝2敗1分、朝日が1勝2敗1分、黒鷲が0勝5敗であった。


週間MVP

投手部門

 大洋 野口二郎 1

 名古屋 西沢道夫 1

 今節の投手部門MVPには延長28回を投げ合った西沢道夫と野口二郎が選出された。野口は他に2完封もある。


打撃部門

 黒鷲 木村孝平 1

 今節17打数9安打と爆発、2試合連続猛打賞を獲得した。全くの無名であるが、戦前を代表する強打の内野手である。

 巨人 水原茂 1

 今節15打数6安打2得点2打点。巨人の春季優勝に貢献した。

 南海 北原昇 2

 今節15打数7安打3得点4打点。実に実戦向きの選手である。



殊勲賞

 名古屋 古川清蔵 1

 5月24日の大洋戦9回に2点のビハインドから起死回生の同点ツーラン。延長28回の首謀者である。

 巨人 中尾輝三 1

 5月23日の名古屋戦で完封勝利と勝利打点を記録。巨人の春季優勝を決めた。

 大洋 三富恒雄 4

 8節目にして実に4度目の受賞。5月24日の第一試合巨人戦に完封勝利。延長28回の伏線となった。



敢闘賞

 大洋 佐藤武夫 1

 5月24日の名古屋戦、延長27回裏に二塁打を放ち、織辺由三の中前打で三塁ベースを蹴ってホームに生還・・・と思われたところ、三塁ベースを回ったところで転倒、戻れずにタッチアウト。膝に故障を抱える佐藤は第一試合に続いてマスクを被り続けること36回、ホームベースにたどり着くことはできなかった。

 名古屋 木村進一 1

 同じく延長28回を戦い嘔吐2回、鎮痛薬を求めるがなく、仁丹を喫んで倒れても止まぬ意気を示す。

 南海 中野正雄 1

 今節14打数6安打1得点2打点の活躍を見せる。



技能賞

 大洋 苅田久徳 1

 5月24日の名古屋戦、延長26回の守備で神業的中継プレーを見せてホーム寸前野口正明を刺す。苅田がプロ野球で輝いた最後の瞬間であった。

 阪神 御園生崇男 1

 5月23日の阪急戦で完封勝利を飾ると、26日の黒鷲戦では一番打者としてスタメン出場した。


 

同じ週に完封勝利と一番打者を記録した二刀流



 大谷は今季も二刀流を続けるそうですが、同じ週に完封勝利と一番打者を記録した二刀流が出現しました。


 御園生崇男は昭和17年5月23日の阪急戦で完封勝利を記録、5月26日の黒鷲戦では一番ライトでスタメン出場して5打席3打数無安打2四球2得点1盗塁を記録したのです。無安打ながら2得点1盗塁を記録するあたりは並の一番打者ではありませんね。


 御園生崇男がスタメンで一番に入ったのはプロ入り4度目のことです。1度目は昭和13年10月19日の巨人戦で一番センターに起用されました。この時期のタイガースのセンターは山口政信でしたが、何かの要因で山口が欠場したことから御園生が一番センターに起用されたのです。タイガースが‟海内無双”と呼ばれていた頃で、御園生は西村幸生に次ぐ第二エースでしたが時々レフトでも起用されていました。


 戦場に赴いた御園生崇男は帰還した昭和16年には主に外野手として起用され、11月3日の阪急戦と4日の巨人戦に一番ライトでスタメン出場しています。絶妙のコントロールと抜群のキレ味を持つピッチャーにして駿足好守好打の外野手でもあった御園生崇男は、実績的に大谷をはるかに凌駕する‟二刀流”でした。一週間以内に完封勝利と一番打者を記録した二刀流が御園生崇男以外に存在したのか、調べる価値がありそうなテーマです。これは調べることも可能ですね。




 

17年 黒鷲vs阪神 5回戦


5月26日 (火) 西宮

1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 1 0 0 0 0 3 0 4 黒鷲   7勝26敗2分 0.212 金子裕
3 1 0 0 0 0 0 2 X 6 阪神 18勝16敗1分 0.529 木下勇 若林忠志

勝利投手 木下勇 5勝3敗
敗戦投手 金子裕 2勝4敗
セーブ     若林忠志  1 

二塁打 (神)松本

勝利打点 玉置玉一 1

猛打賞 (黒)木村孝平 2


木村孝平、2試合連続猛打賞

 春季最終戦で阪神はオーダーを変えてきた。一番には何と御園生崇男を起用、御園生はピッチャーですよ。

 阪神は初回、御園生崇男が四球を選んでトップバッターとしての役目を果たす。一番バッターは第一打席で出塁することが最も重要なミッションです。野口昇の左前打で御園生が三塁に進み無死一三塁、当然エンドランがかかっていたのでしょう。松本貞一がセンター右に先制タイムリーを放って1-0、土井垣武の三ゴロで松本が二封されて一死一三塁、カイザー田中義雄が左前にタイムリーを放って2-0、二走土井垣と一走田中がダブルスチールを決めて一死二三塁、塚本博睦の遊ゴロをショート木村孝平がファンブル、走者は動かず一死満塁、大島武の遊ゴロの間に三走土井垣が還ってこの回3点を先制する。

 阪神は2回、先頭の上田正が四球で出塁、トップに返り御園生は4球ファウルで粘って二ゴロ、ランナーが入れ替って一死一塁、野口も4球ファウルで粘った末遊ゴロ、この間に御園生は二進、松本が右越えに二塁打を放ち4-0として試合の主導権を握る。

 松本貞一はこの時点で2打数2安打2打点、勝利打点も確実ということで本人はお立ち台で何を喋ろうかと思案していたことでしょう。ところが人生ままならないものです。

 黒鷲は3回、一死後木村孝平が左前打で出塁、木下政文の遊ゴロでランナーが入れ替わり、富松信彦が四球を選んで二死一二塁、吉水幸夫の三ゴロをサード土井垣が一塁に大暴投する間に二走木下が還って1-3、反撃に転ずる。

 4回~7回も毎回走者を出しながら無得点に終わった黒鷲は8回、一死後金子裕が三塁に内野安打、杉江文二が四球を選んで一死一二塁、杉山東洋夫に代わる代打松本操が左打席から中前にタイムリーを放ち2-4、山田潔が四球を選んで一死満塁、トップに返り渡辺絢吾に代わる代打寺内一隆監督の三ゴロで三走杉江は本封、キャッチャー田中がホームゲッツーを狙って一塁に送球するがセーフ、この虚を突いて三塁に達していた二走松本がホームに突っ込みファースト大島が折り返しバックホーム、タイミングはアウトであったがキャチャー田中が落球して松本はホームイン、3-4とする。更に二死一三塁から木村がこの日3安打目となるタイムリーを右前に放って4-4の同点に追い付く。この瞬間、松本貞一の勝利打点は消えた。

 阪神は8回裏、先頭の田中が三塁に内野安打、塚本博睦が四球を選んで無死一二塁、大島武に代わる代打若林忠志監督は二飛に倒れて一死一二塁、木下勇に代わる代打玉置玉一が中前に決勝タイムリーを放って5-4、センター寺内の悪送球の間に二者進塁して一死二三塁、上田の遊ゴロの間に三走塚本が還って6-4と突き放す。

 先発の木下に代打を送った阪神は代打に出た若林を9回のマウンドに送り、黒鷲打線を三者凡退に退けて春季最終戦を制す。


 黒鷲のショート木村孝平が2試合連続猛打賞を記録した。浪華商業出身の木村孝平は昭和16年から18年にプロ野球に在籍して戦死することとなるが、ボールの飛ばなかった時代に内野手としては抜群の打撃成績を残している。昭和17年は打撃ベストテンの第七位であるが、一位から六位までは呉波、岩本義行、中島治康、フランク山田伝、坪内道則、伊藤健太郎と全て外野手が占めており、木村孝平は内野手としては首位打者である。




 

2015年2月2日月曜日

17年 名古屋vs大洋 5回戦 その7


5月24日 (日) 後楽園

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 計
0 1 1 0 0 0 0 0 2  0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0  4 名古屋 11勝23敗1分 0.324 西沢道夫
0 0 0 0 0 2 2 0 0  0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0   0  4 大洋     21勝12敗2分 0.636 野口二郎

二塁打 (名)古川、芳賀、野口正明、西沢 (大)浅岡、佐藤
本塁打 (名)古川 3号

勝利打点 なし

猛打賞 苅田久徳 1


死闘の果て

 名古屋は26回、先頭の古川清蔵はツーツーから三振、吉田猪佐喜はツーナッシングから1球ファウルで粘りボール2つからの6球目を三振、野口正明はワンワンからの3球目を二ゴロ、スリーアウトチェンジかと思われたところ名手苅田久徳がエラー、やはり苅田は衰えたのか。二死一塁となって西沢道夫のカウントはボールツー、野口二郎がストライクを取りに来た球を叩くと右中間を真っ二つ、ツーアウトなので一走野口正明は打った瞬間にスタートを切り一目散にホームを目指す。

 ここからは大和球士の名著「真説日本野球史」から抜粋させていただきます。「走者野口(正明=筆者注)は‟勝負あった”とばかり、二塁を走り抜け、三塁を回ってホームへ・・・一方、右翼手浅岡がやっとこの打球を拾いあげた時に、二塁手苅田が外野深くまで走ってきていた。浅岡が投げた、苅田が受けた。ふり向きざま、ホームへ向かって遠投した。ステップと、ホームの方向を確認する手間を省いた文字通りのワンモーション。構えた捕手佐藤のミットにストライク。野口必死のスライディング及ばずアウト。全スタンドが感嘆の唸り声を放った。」

 当の苅田の自伝「天才内野手の誕生」によると「ふり返ってチラッと見た私の視界に、三塁を回ってホームへばく進する野口正明の姿がかすめた。ヤッとばかり、振り向きざまのバックホーム。寸前、走者をタッチアウト!久しぶりのボールの感触、体で覚えた淀みないプレーができたことに、私は生き甲斐をそこに見た・・・。」

 野口正明のスライディングを「野球界」は「土煙の中憤死」と伝えている。野口二郎はこの回17球、投球数は324球に達した。


 大洋は26回裏、浅岡が初球を二ゴロ、野口二郎も初球を中飛、野口明はツーワンからの4球目を一ゴロに倒れてスリーアウトチェンジ。西沢はこの回6球、いまだ288球にすぎない。

 ここで再び場内アナウンス。「大リーグの延長26回の世界記録を破りました。」・・・「真説日本野球史」によると「場内騒然。総立ち。跳びはねる客あり。」とのこと。1920年5月1日、ブルックリンvsボストン戦は延長26回1対1の引分けとなり、これが世界記録であった。日米開戦から約半年、鬼畜米英の記録を破って狂喜乱舞したのである。

 名古屋は27回、芳賀直一が初球を三ゴロ、トップに返り石丸藤吉がツーワンから三振、木村進一は三球三振。野口二郎はこの回8球、300球を超えて更に凄味を増してきた。

 大洋は27回裏、村松長太郎は初球を遊ゴロ、苅田は6球目を中飛、佐藤武夫がワンワンからの3球目を叩くと左中間を真っ二つ、佐藤は二塁に達して二死二塁、このサヨナラのチャンスに織辺由三が初球を叩いてショートオーバーの中前打、二走佐藤武夫が三塁ベースを回ってサヨナラのホームへ・・・向かうはずであったがここで佐藤が倒れた。センター桝嘉一からの送球をショート木村進一が中継してサード芳賀直一に渡り、記録は「8-6-5」でタッチアウト。「野球界」によると木村進一は「嘔吐2回、鎮痛薬を求めるがなく、仁丹を喫んで倒れても止まぬ意気を示す。」・・・西沢はこの回11球。

 佐藤武夫は膝に故障を抱えるキャッチャーであった。その佐藤が第一試合に続いて36イニングホームを守り続けてきたのである。佐藤の膝は限界に達していた。「野球界」はこの場面を「佐藤、三塁過ぎて転倒、三塁に帰ろうとするところ桝-木村-芳賀のリレーにアウト」と伝えている。野口二郎の自伝「私の昭和激動の日々」には「われわれは『勝ったぞ』と、英雄佐藤さんを迎えるために、全員ベンチを飛び出した。なんたることぞ、サード・ベースをオーバーランしたところで、佐藤さんがひっくり返っているではないか。しかも、這ってベースへ帰ろうとしているところをタッチされてアウトになってしまった。」と書かれている。

 大和球士は「真説日本野球史」に「疲労の局限の佐藤にムチ打つ客は一人もいなかった。笑うものもいなかった。この日の五千人の客は、最高の客であった。」と書いている。佐藤武夫は膝に故障を抱えていたことにより兵役を免れ、戦後は審判として活躍することとなる。


 名古屋は28回、桝がツーワンから左邪飛、飯塚誠はワンツーからの4球目をショートに内野安打、「真説日本野球史」には「中前打」と書かれている。古川は初球を打って二ゴロ、飯塚が二封されて二死一塁、吉田はワンワンからの3球目を右飛に倒れてこの回も無得点。野口二郎はこの回12球、投球数は344球に達した。

 大洋は28回裏、先頭の中村信一がツーツーからの5球目を二ゴロ、濃人渉はワンストライクからの2球目を中飛、浅岡がワンワンからの3球目を中前打、しかし野口二郎がワンボールからの2球目を遊ゴロ、浅岡が二封されてスリーアウトチェンジ。西沢はこの回12球、投球数は300球を超えて311球に達した。


 ここで審判団が協議、午後6時27分、島秀之助主審が「ゲームセット」を宣告した。


 野口二郎はこの時29回の投球に備えてマウンドに立っていた。「グラウンドには、夕闇という感じはない。マウンドからスタンドの上の廊下にある四角い窓が見える。その窓に、まだ太陽の光が見えていたように思う。私の感覚ではまだ2、3回やれそうな気がした。」・・・‟鉄腕野口”の真骨頂である。





*延長28回を伝えるスコアカード。B5版に横に印刷されていますので、これを肉眼で解読するのは不可能です。









*この試合の解読には筆者の相棒‟拡大鏡”が大活躍してくれました。