2013年12月10日火曜日

逃げて差す




 1991年有馬記念馬ダイユウサク号と共に1991年オークス馬イソノルーブル号の訃報も伝わっています。


 1991年の牝馬クラシック路線は稀に見るハイレベルな世代により争われました。ラジオたんぱ杯3歳牝馬ステークス、エルフィンステークス、4歳牝馬特別(桜花賞トライアル)など5戦全勝のイソノルーブル、デイリー杯3歳ステークス、ペガサスステークスと重賞2連勝のノーザンドライバー、札幌3歳ステークス、クイーンカップと重賞2勝のスカーレットブーケ、まだ重賞ではなかったチューリップ賞を制した3戦無敗のシスタートウショウが出走してきたのです。


 一番人気はイソノルーブルでしたが筆者はトウショウボーイ産駒のシスタートウショウで勝負しました。イソノルーブルはレース直前に落鉄(蹄鉄がはずれること)、装蹄師が蹄鉄を打とうと試みましたが誇り高きイソノルーブルは頑として受け付けず、蹄鉄無しのままレースに挑み5着に敗れ、勝ったのは筆者の予想通り四番人気のシスタートウショウでした。ちょうど転勤で大阪に赴任していた時だったので、京都競馬場で目の前で見ました。阪神競馬場は改修工事のためこの年の桜花賞は京都で行われたのです。


 桜花賞の次はオークスです。オークスの前夜、筆者は徹夜麻雀で珍しく10万円勝ちました。じゃぁこの10万をオークスに注ぎ込んでやろうと考え、最初はシスタートウショウの単勝一点勝負のつもりでしたが、単勝を6万円、枠連7-8を4万円に変更してレースに挑みました。7枠はシスタートウショウが単枠指定、8枠にはオークストライアルを勝ったヤマニンマリーンがいたからです。


 レースはイソノルーブルが逃げ、府中の長い直線を粘り切りました。4コーナー最後方からシスタートウショウが凄まじい脚で追い込んできましたがハナ差届かず2着でした。単勝の6万円は紙くずとなりましたが、8枠にイソノルーブルが同居していたので枠連7-8が的中しました。払い戻しは700円で4万円×7=28万円をゲットしました。



 イソノルーブルは落鉄したまま桜花賞に出走して「裸足のシンデレラ」と呼ばれています。イソノルーブルの訃報は数多くの方が伝えていることでしょう。そして多くの方が「裸足のシンデレラ」を伝えることとなると考えられます。当ブログのタイトルは「逃げて差す」とさせていただきました。スピードがあり過ぎて先頭に立つのですが直線でもうひと伸びするレースぶりを、筆者は当時「逃げて差す」と呼んでいたのです。逃げ馬が直線で鋭い差し脚を見せれば負けるはずがありませんね(笑)。当ブログでは、「裸足のシンデレラ」はサブタイトルとさせていただきます。







 

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