2012年7月28日土曜日

15年 南海vs阪急 3回戦


4月12日 (金) 甲子園

1 2 3 4 5 6 7 8 9  計
0 0 1 0 0 0 0 0 0  1 南海 6勝10敗1分 0.375 清水秀雄
0 0 1 0 0 0 0 1 X  2 阪急 8勝6敗1分 0.571 石田光彦 森弘太郎

勝利投手 森弘太郎 5勝2敗
敗戦投手 清水秀雄 2勝4敗

二塁打 (南)吉川

勝利打点 黒田健吾 2


黒田健吾決勝犠飛

 南海は3回、先頭の山尾年加寿が四球で出塁、平野正太郎が左前打を放って無死一二塁、戸田与三郎が一塁線に送りバントを決めて一死二三塁、トップに返り岩出清が四球を選んで一死満塁、藤戸逸郎が投前にスクイズを決めて1点を先制する。

 阪急は3回裏、先頭の伊東甚吉が四球で出塁、石田光彦が捕前に送りバントを決めて一死二塁、トップに返り中島喬の打席で清水秀雄がワイルドピッチ、二走伊東が一気にホームに還って1-1の同点とする。翌日の読売新聞によると「清水のドロップが捕手の靴に当って遠く本部付近へ転々する暴投・・・」とのこと。戦前の甲子園球場はファウルグラウンドが広く、キャッチャー吉川義次のスパイクに当って跳ね上がったボールがバックネットまでゆっくりと転がって行く間に伊東が二塁から還ってきたようだ。

 4回以降阪急打線は清水に内野安打1本に抑えられて7回まで無得点が続く。

 阪急は8回、先頭の中島が右前打で出塁、上田藤夫が一前に送りバントを決めて一死二塁、フランク山田伝の左前打で一死一三塁、黒田健吾の左犠飛で2-1と勝ち越す。

 阪急先発の石田光彦は4回まで南海打線を3安打1失点に抑える。5回、一死後戸田与三郎に四球を与え、岩出清に中前打を許して一死一二塁としたところで二番手の森弘太郎と交代、藤戸の遊ゴロをショート上田が失して一死満塁とされるが国久松一を右飛、清水を二ゴロに抑える。

 森は6回、先頭の吉川に左前打を許し末崎隆行の送りバントで一死二塁とされるが山尾を右飛、平野を三ゴロに抑え、7回、8回も無安打に抑える。

 1点のリードを許した南海は9回、二死後戸田に代わる代打深尾文彦が左前打を放つが岩出が左飛に倒れて阪急が接戦を制す。

 戸田与三郎がプロの世界に身を置いたのは昭和15年だけのこととなる。通算44打席30打数1安打で引退することとなるが13四死球を記録しており四球選びの名人である。通算犠打数は1つだけであるが3回に決めた送りバントがそれである。







*阪急3回の攻撃で伊東甚吉がワイルドピッチで二塁からホームに還った場面。清水のドロップがキャッチャー吉川のスパイクに当って大きく跳ね上がりバクネットまで転々とする間に伊東が二塁から生還した。当時の甲子園球場の写真を見るとファウルグラウンドが広いことが分かる。












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