2012年1月4日水曜日

14年 セネタースvsジャイアンツ 7回戦


8月12日 (土) 横浜


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
3 0 0 0 0 0 0 0 0 3 セネタース    27勝25敗3分 0.519 金子裕 浅岡三郎
5 0 1 2 0 0 1 0 X 9 ジャイアンツ 39勝15敗1分 0.722 スタルヒン


勝利投手 スタルヒン 25勝8敗
敗戦投手 金子裕        6勝9敗


二塁打 (セ)柳、佐藤 (ジ)呉
三塁打 (ジ)中島
本塁打 (ジ)川上 3号、中島 4号 

アベックホームラン


 本日の横浜と明日の後楽園でセネタースvsジャイアンツの二連戦が行われる。先発投手が注目されるところであるがジャイアンツは8月5日以来中六日のスタルヒンできたがセネタースは中四日の野口二郎を明日に回し金子裕が先発。もちろん勝機があれば野口を注ぎ込む腹であろう。

 セネタースは初回、先頭の苅田久徳が四球を選んで出塁、吉原正喜の突指欠場で今日もマスクを被る永澤富士雄のパスボールで苅田は一気に三塁に進む。横沢七郎も四球、尾茂田叶の二ゴロの間に苅田が還って1点を先制して一死二塁、野口二郎の右前打で一死一三塁、ここでダブルスチールを決めて2-0、二死後柳鶴震の右中間二塁打で3-0とする。

 ジャイアンツは1回裏、先頭の白石敏男が中前打、水原茂も中前打を放って無死一二塁、千葉茂が中前にタイムリーを放って1-3、中島治康が左前にタイムリーを放って2-3、セネタースは早くも先発の金子裕を諦めて浅岡三郎をマウンドに送る。しかし川上哲治も右前にタイムリーを放って3-3の同点、平山菊二の遊ゴロで川上が二封されて一死一三塁、アチラノ・リベラ(アデラーノ・リベラ)がセンター右にタイムリーを放って4-3と逆転、二死後スタルヒンが右前にタイムリーを放って5-3とする。

 ジャイアンツは3回、川上が中越えに第3号ホームランを叩き込んで6-3とする。更に4回、遊失に生きた白石を二塁に置いて中島が中越えに三塁打を放って7-3、川上が左前にタイムリーで続き8-3とする。

 ジャイアンツは7回、中島が左翼スタンドに第4号ホームランを叩き込んで9-3とする。

 2回以降立ち直ったスタルヒンは結局、5安打5四球1死球4三振の完投で25勝目をあげる。翌日の読売新聞によると「女房役吉原を負傷で失ったスタルヒンは開戦早々妙に投げ難くそうであったが勝手違いの捕手に廻された永澤はそれにも増して捕りにくそうであった」とのこと。スタルヒンの剛球は吉原正喜もデビュー当時は捕逸の連続でスタルヒン先発の時はスタメンを外されていたが体中をアザだらけにする猛特訓の末捕球できるようになった。急造キャッチャー永澤富士雄は如何に一塁守備の名手のベテランとは言えいきなりスタルヒンの剛球を捕球しろと言うのは酷であろう。「スタルヒンは2回から永澤の呼吸に合せてスピードよりもコントロール中心の投球をなして・・・」との記述がスタルヒンの成長を物語っている。立ち上がりの乱調は6日も休んで肩が軽過ぎたためかもしれない。


 中島治康が5打数3安打3得点3打点、三塁打1本、本塁打1本。川上哲治が4打数3安打1得点3打点、本塁打1本。中島と川上のアベックホームランは昭和13年10月8日の名古屋戦以来二度目のこととなる。この時は中島は四番であったが川上はまだ七番を打っていた。





          *中島治康と川上哲治が史上二度目のアベックホームランを放つ。








              *スタルヒンは完投で25勝目をあげる。



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