2012年1月27日金曜日

14年 金鯱vsジャイアンツ 8回戦


8月24日 (木) 後楽園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 1 0 1 金鯱       23勝37敗2分 0.383 中山正嘉
0 0 0 0 0 4 0 0 X 4 ジャイアンツ 45勝16敗1分 0.738 スタルヒン


勝利投手 スタルヒン 29勝8敗
敗戦投手 中山正嘉  17勝12敗


二塁打 (金)濃人
本塁打 (ジ)リベラ 2号

リベラ、愛妻に捧げる満塁弾(巨人軍史上初の満塁ホームラン)


 金鯱・中山正嘉、ジャイアンツ・スタルヒン、両エースによる対決となった。

 金鯱は初回、2四球1失策で一死満塁のチャンスをつかむが小林茂太の三ゴロが「5-4-3」と渡ってダブルプレー。3回は一死後濃人渉が右翼線に二塁打を放つが野村高義、小林利蔵が連続二ゴロに倒れる。4回も先頭の小林茂太が死球に生きるが中山が送りバントを失敗して無得点に終わる。

 一方、ジャイアンツは5回まで無安打無得点。ここまでは中山の投球がスタルヒンを上回っていた。

 ジャイアンツは6回、一死後水原茂が中前打で出塁、千葉茂が右前打で続いて一死一二塁、中島治康の投ゴロを中山が捌いて三塁に送球、水原が三封されて二死一二塁、川上哲治が四球を選んで二死満塁、ここで登場したアチラノ・リベラ(アデラーノ・リベラ)が左翼スタンドにグランドスラムを叩き込んで4-0とする。

 金鯱は8回、先頭の五味芳夫がセンター左にヒット、濃人の遊ゴロでランナーが入れ替わり、野村の一ゴロで濃人は二進、小林利蔵の中前タイムリーで1-4とするがここまで。

 スタルヒンは6安打5四球1死球6三振の完投で29勝目をあげる。中山正嘉は8回を完投して3安打5四球2三振、リベラの一発に撃沈された。6回以外は全て無安打に抑えている。


 翌日の読売新聞・鈴木惣太郎の論評は「前日故国マニラから愛妻の到着を迎えたリベラはこの日果然6回二死満塁に立ってメリー・フランクウェル(満塁本塁打)の快挙に4点を叩き出して巨人軍に快勝を齎し(もたらし=筆者注)観戦中の細君歓迎の賜物とした。」と伝えている。カウントツーワンからのスローカーブの曲がりハナを捕えた一撃であった。これが巨人軍史上初の満塁ホームランであることはよく知られている事実である。

 2011年8月24日付けsuponiti annexには「後楽園球場での金鯱8回戦、巨人の5番アチラノ・リベラ中堅手は8回、1死満塁で中山正喜投手から左中間スタンドに飛び込む一発を放った。」と記載されていますが「5番」は間違いでこの日は「6番」に入っています。「8回」は間違いで「6回」です。「中山正喜投手」も間違いで「中山正嘉投手」が正解です。

 1967年に開催されたユニバーシアード東京大会にリベラの二人の娘がフィリピン代表のバレーボール選手として来日した。リベラは日本と関わっていたので銃殺されたと伝わっていたが、この時川上哲治がリベラの娘から「父は税関吏として働いた後フィリピン独立義勇軍に身を投じ、日本軍と戦い戦死した(Wikipediaより転載)。」と聞いて真相が判明した。





*アチラノ・リベラ(アデラーノ・リベラ)が巨人軍史上初の満塁ホームランを放った場面。




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