2011年8月22日月曜日

14年 セネタースvs阪急 2回戦

4月16日 (日) 甲子園


1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 セネタース 8勝6敗 0.571 金子裕 浅岡三郎
0 2 3 0 0 0 0 0 X 5 阪急          9勝5敗 0.643 高橋敏


勝利投手 高橋敏 5勝0敗
敗戦投手 金子裕 3勝4敗

二塁打 (セ)浅岡 (阪)石井、山田

高橋敏、今季三度目の完封


 翌日の読売新聞によると、「この日甲子園には南軍飛行機の演習が催されたが丁度この試合の幕が切って落とされた頃五機の艦上戦闘機が球場の上空に入り乱れて物凄い戦闘を開始した。高射砲の空中に炸裂する中に横転逆転の自由自在、飛鳥そっちのけの大活躍を見せられては一万の観衆も手に汗して暫くは試合を他所に拍手歓呼して見入った。」とのこと。この空中戦のさなか試合は開始されたようである。

 阪急は2回、先頭の山下好一が中前打で出塁、上田藤夫が三前に送りバントを決める。山下実は三邪飛に倒れるが伊東甚吉の左前打で二死一三塁、石井武夫が左中間に二塁打を放って二者を迎え入れて2点を先制する。

 阪急は3回、先頭のフランク山田伝が左翼線に二塁打、黒田健吾が死球を受けて無死一二塁、山下好一の二ゴロで黒田は二封されて一死一三塁、上田の右前タイムリーで3-0として山下好一も三塁に走りなお一死一三塁、山下実の右前タイムリーで4-0として上田も三塁に走りなお一死一三塁と理想的な波状攻撃を見せる。更にここでダブルスチールを成功させて5-0と突き放す。

 高橋敏は5安打1四球5三振で今季三度目の完封、今季5試合に登板して5勝0敗となった。ここまで35回3分の1を投げて失点ゼロ、防御率0.00を続けている。高橋以外に今季の阪急投手陣でここまで勝星をあげているのははエース石田光彦の他、重松通雄、荒木政公、浅野勝三郎が各1勝と、九球団随一の投手王国となっている。高橋の場合、3月28日完封、4月1日完封、4月9日リリーフ、4月14日リリーフ、4月16日完封と豊富な投手陣の中で余裕をもっての登板となっていることが好調の要因である。

 この点、4月15日付け読売新聞で鈴木惣太郎は「長期リーグ戦が未だ序盤戦を終ったばかりの現在・・・各チームとも投手の運用について科学的研究不足の謗りを免れないものがある・・・こうした中にあって阪急軍独りは重松、石田、高橋、浅野、荒木の五人を正投手として順次普遍的に起用し森、岸本を救援投手として取っておくという投手団の豊富さをもっている。」と論評している。すなわち、阪急・村上実監督は、我が国野球史上初の「ローテーション」という概念を確立した訳である。

 なお、村上実の現在の地位であるが、読売新聞の記述によると監督になっているようである。まず、3月15日付け「開幕迫る職業野球」によると「山下監督が主将の位置に下り黒田副将との水も漏らさぬコンビに村上理事を加えた三位一体の指導トリオ」という記述が見られる。4月2日付け記事には「試合の直前にセ軍の監督苅田と阪急軍の主将山下に会って両者の秘策を訊ねてみると・・・山下主将は「わしは知らぬ」という一点張りで作戦のことなら村上監督に訊ねてくれということであった。そこで「村上監督に会うと・・・」となっており、インタビュアーの鈴木惣太郎もまず山下実に作戦を聞きに行っているので指揮権は山下実にあると考えているようである。4月10日付け記事には「山下主将は急遽重松を退けて高橋に代えた」という記述が見られるので、この時点で山下実は矢張り監督では無く主将の地位であるが指揮権は有していたようである。4月15日付け紙面では「まず村上監督はこの投手起用および試合作戦について戦前次の如く語った・・・」となっており、この時点では指揮権も村上実に移譲されているようである。
 




               *高橋敏は今季三度目の完封勝利。


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